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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)1749号 判決

主文

一  被告愛知県は、原告に対し、金一一万円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山松夫は、原告に対し、金一四一万円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告乙山松夫の負担とする。

五  この判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし、被告愛知県が原告に対し、金五万円の担保を供するときは、被告愛知県は仮執行を免れることができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金一五八万七八〇〇円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、覚せい剤取締法違反被疑事件で逮捕・勾留され、不起訴処分になった原告が、愛知県千種警察署(以下「千種署」という。)司法警察員のした逮捕が違法であるとし、また、右司法警察員に捜査の過程で前科のあることを明らかにされたことによりプライバシーの権利を侵害されたとして、その責任の帰属主体である愛知県に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を、更に、捜査官に対して虚偽の供述をされたことにより右のとおり逮捕・勾留及びプライバシーの権利を侵害されたとして、右虚偽の供述をした者に対し、不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実(被告乙山松夫(以下「被告乙山」という。)については証拠により認められる。)

1 原告は、瀬戸市《番地略》所在の合資会社丙川鉄工(以下「丙川鉄工」という。)の従業員(溶接工)である。

2 原告は、丙川鉄工に勤務中の、平成五年一月二八日午前、千種署所属の数名の警察官から任意同行を求められたので、これに応じて右警察署に同道し、同署所属の司法警察員から「被疑者(本件原告)は、乙山松夫(本件被告乙山)と共謀の上、営利の目的でみだりに平成五年一月七日午後一〇時四〇分ころ、名古屋市千種区覚王山通八丁目六番地愛知県千種警察署において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩三九・八六四グラムを所持していたものである。」旨の被疑事実(以下「本件犯罪」という。)を告げられた。原告は全面否認したが、かねて発付されていた逮捕状により即日逮捕された(以下「本件逮捕」という。)。

3 千種署は、同月三〇日、原告を名古屋地方検察庁へ前記覚せい剤取締法違反被疑事件で送致した。そして、担当検察官において名古屋簡易裁判所に対して、接見等禁止決定と勾留請求をしたところ、担当裁判官からその旨の決定と勾留状が発付され、原告はそのまま勾留された(以下「本件勾留」という。)。その後、勾留期間は同年二月一八日まで延長され、結局、原告は同日まで二二日間にわたってその身柄を拘束されたが、担当検察官は、同日、原告を処分保留で釈放し、次いで、翌一九日に不起訴処分にした。

4 原告には覚せい剤取締法違反の前科が三犯ある。

二  原告の主張

1 原告は本件犯罪を実行していなかったし、千種署所属の司法警察員は、覚せい剤取締法違反容疑で既に逮捕されていた被告乙山の「覚せい剤は、原告から預かった。」旨の虚偽供述(以下「本件虚偽供述」という。)と原告に覚せい剤取締法違反の前科があることから予断を抱いて、原告の「全く身に覚えがない。よく調べて下さい。」との弁解に一切耳を貸そうとせず、かつ、よく捜査もしないで本件逮捕をした。

右のとおり、本件虚偽供述以外になんら客観的証拠がないにもかかわらずなされた本件逮捕は、理由のない違法なものというべきであり、また、右事実によれば、司法警察員には過失があったものというべきである。

2 さらに、千種署所属の警察官は、平成五年一月二八日、聞き込み捜査のため原告の職場を訪れた際、原告に前科があることを知らない丙川鉄工の従業員数名の前で、「甲野(本件原告)は、覚せい剤の前科があるんだ。絶対こいつだ。」等と話して原告のプライバシーの権利を侵害した(以下「本件プライバシーの権利の侵害」という。)。

3 被告乙山は、自らの罪を軽くするため、本件虚偽供述をしたものであるからその行為が違法であることは明白であり、かつ、原告を犯人であると虚構しようとの故意の下に右違法行為を行なったものである。

4 原告は、本件逮捕・勾留及び本件プライバシーの権利の侵害によって、精神的・物的損害を被った。

5 千種署所属の警察官がその公権力の行使である本件逮捕を行い、かつ、本件プライバシーの権利の侵害によって原告に損害を与えたことについて被告県は原告に対し国家賠償法一条、四条、民法七一九条に基づき被告乙山と連帯して原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。

また、原告の本件逮捕・勾留及び本件プライバシーの権利の侵害は、被告乙山の本件虚偽供述を契機としてなされたものであるから、被告乙山は、原告に対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、被告県と連帯して原告に対し前記損害を賠償すべき責任がある。

三  被告県の主張

千種署の警察官は、次の理由により本件逮捕をした。

すなわち、

1 被告乙山が、

(一) 平成五年一月七日、覚せい剤取締法違反容疑により千種署に逮捕され、所持していた覚せい剤を担当警察官に任意提出する際に、同警察官に対し、「覚せい剤は、原告から貸金の担保として預かったものである。」旨述べたこと。

(二) 同月一六日、取調担当の警察官に対し、「原告から覚せい剤の買手がいたら売ってもよいと言われた。」旨述べたこと。

(三) 同月一八日の取り調べの際に、担当警察官に対し、原告とは、覚せい剤の取り引きをしていたこと、原告は、被告乙山の自宅にも来たことがあり、被告乙山宅の合鍵も所持していること等を述べた上、示された一〇人の写真の中から原告の写真を抽出してこの男がシャブ屋の甲野である旨述べたこと。

2 被告乙山には、前記のとおり、覚せい剤取締法違反の前科が三犯あること。

3 被告乙山が逮捕時に所持していたポケットベルを押収し、逮捕後も開局状態にしておいたところ、二回にわたり、被告乙山の自宅に設置されていた加入電話からメッセージが入っていることが確認されたので、被告乙山に質問したところ、同被告宅の合鍵を所持しているのは原告のみであることが判明したので、原告が被告乙山の自宅へ出入りしていることが認められたこと。

4 同月二八日、原告を逮捕する前、千種署において、透視鏡を通して被告乙山が原告を確認し、さらにその際、被告乙山が担当警察官に対し、原告が覚せい剤を打ったときに、左手の小指か薬指の付近に怪我をしたと思うと述べたので、警察官が原告の指の怪我の有無を確認したところ、原告の左手小指の付け根付近に若干腫れが確認されたこと。

右の事実によれば、原告が覚せい剤取締法違反の罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、かつ、覚せい剤取締法違反罪の性質・態様等から任意捜査ではその目的達成が困難であるから、本件逮捕の必要性があったものというべきである。

四  被告乙山の主張

前記被告県主張の被告乙山が千種署の警察官に対して供述したという事実は、全て真実である。このことは、被告乙山が、原告に何度も会っていること、警察での取調べの際、示された多人数の写真の中から、即座に原告の写真を抽出したこと、原告の左手の怪我を知っていたこと等から明らかである。

したがって、原告が不起訴処分になったのは、警察の捜査上の不手際によるものである。

被疑者が警察に協力したにもかかわらず、警察の不手際で共犯者を起訴できなかったために、共犯者から逆恨みされて訴えられるようでは、誰も警察に協力しなくなってしまうことになりかねない。本件逮捕・勾留及びプライバシーの権利の侵害は、本件虚偽供述によるものではないから被告乙山に責任はない。

五  争点

1 本件逮捕の違法性及び本件逮捕警察官の過失の有無

2 本件プライバシーの権利の侵害行為及びその違法性の有無

3 本件虚偽供述は原告の主張するとおり虚構の事実を述べたものであるか否か及び仮にこれが虚構の事実を述べたものであればその違法性の有無

4 損害の有無

第三  争点に対する判断

一  争点1について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 平成五年一月七日午後九時二八分ころ、千種署の地域課員が名古屋市千種区池下一丁目四番一一号シャリオン池下前路上において、駐車違反の白色のトヨタセルシオ(名古屋《略》)(以下「本件セルシオ」という。)を発見し、愛知県警察本部照会センターに照会したところ、右車両は盗難車であることが判明した。

右地域課員が張り込みをしていたところ、同日午後一〇時五分ころ、被告乙山が本件セルシオに乗車しようとしたので、職務質問をするため千種署へ任意同行した。

千種署の警察官が、被告乙山に対し、本件セルシオについて追及したところ、同人は「甲野某から貸金の担保として預かっている。」旨供述し、次いで、被告乙山の所持品の中から覚せい剤及び注射器等が発見されたので、同人を同日の午後一〇時四五分ころ、覚せい剤取締法違反の現行犯として逮捕した。さらに、本件セルシオの中にも覚せい剤があったので、それについて被告乙山を追及したところ、被告乙山は、「甲野という男から預かっているものです。」と供述した。

2 千種署が、被告乙山を逮捕したまま同月九日、名古屋地方検察庁へ覚せい剤取締法違反被疑事件で送致したところ、被告乙山はそのまま勾留された。

そして、同月一一日、家宅捜索の結果、名古屋市西区内にある被告乙山の自宅から覚せい剤の小分けのために使用すると認められるマジックチャック付ビニール袋二一枚等が押収された。

3 被告乙山は、千種署防犯課警部補宮本忠男(以下「宮本警部補」という。)に対し、

(一) 同月八日、所持していた覚せい剤は、甲野という男から借金の担保として預かっていたものである。

(二) 同月一三日、所持していた覚せい剤は、昨年の一二月三〇日ころ、シャブ屋の甲野という男に現金七〇万円を貸してやったとき担保として預かったものである。

(三) 同月一五日、昨年の一二月二九日の午後六時ころ、自分の所持していた携帯電話に甲野から電話がかかり、一〇〇万円位貸してくれと言ってきたので、七〇万円位なら何とかなると返事をしたが、今忙しいからと言って電話を切った。同日の午後一一時半ごろに再び甲野から電話があったので、今池一一〇〇というパチンコ屋の前で待ち合わせをすることとし、三〇日の午前零時ごろ、同所に行ったところ、甲野はすでに本件セルシオに乗って到着していた。甲野が持参した覚せい剤の入ったビニール袋四〇ないし五〇個と同人が乗って来た本件セルシオを担保として同人に七〇万円を手渡して別れた。

(四) 同月一六日、所持していた覚せい剤の処分について、甲野から買手がいたら売ってもいいぞ、後で清算するからと言われた。

(五) 同月一八日、甲野を丁原竹夫という男の紹介で昨年の一一月末ごろか一二月の初めごろ知った。その後甲野と覚せい剤を射ったり、甲野から覚せい剤を買ったりした。甲野が自宅へ来たことがあり、自宅の合鍵を甲野に渡している(その際、宮本警部補が被告乙山に対し、一〇人の被疑者写真を示したところ、被告乙山はその中から甲野太郎(昭和三二年五月七日生)の写真を抽出して、この男がシャブ屋の甲野であると述べた。)。

(六) 同月二〇日、逮捕されたときに乗っていた本件セルシオ中から発見された黒の手提げバックの中にあったビニール袋は甲野が使っていた小分道具である。同月一一日に自分の自宅の捜索の際に撮影された東海銀行の封筒に入っていたビニール袋等は、甲野が昨年の一二月二六日ごろ、自宅に来て覚せい剤を小分けしたときに忘れて行ったものである。また、逮捕時に本件セルシオ内から発見された覚せい剤やルイビトンのカバンの中に入っていた覚せい剤は、甲野から担保として預かったものであり、注射針・ビニール袋等も甲野のものである旨述べた。

4 かくして、千種署は原告について捜査を開始した。そして、被告乙山が逮捕時に所持していたポケットベルを押収し、逮捕後も開局状態にしておいたところ、平成五年一月一一日午後一〇時四〇分ころと、翌一二日午前七時二一分ごろの二回にわたり、被告乙山の自宅に設置されている加入電話(《番号略》)からメッセージが入っていたので被告乙山に質したところ、同人宅の合鍵を持っているのは原告のみであることが確認されたので、原告が被告乙山の自宅に出入りしていることが推測された。さらに、原告には前記のとおり覚せい剤取締法違反の前科が三犯あることが判明した。

5 千種署は、以上の捜査結果について検討した結果、原告については強制捜査手続で捜査をすることが相当であると判断し、同年一月二七日、名古屋簡易裁判所裁判官に対し、本件被疑事件による通常逮捕状を請求し、その発付を得た。そして、翌二八日午前一一時二〇分ごろ、千種署の宮本警部補外数名の警察官が原告の勤務先である丙川鉄工へ赴き、原告に対し、所属署名を告げた上、覚せい剤のことで聞きたい旨申し向けると、原告は関与を否定したので、宮本警部補らは、原告の名誉に対する配慮と逮捕について慎重を期するため、その場での逮捕状の執行を見合わせ、被告乙山に原告を確認させてから、逮捕状を執行することとし、原告を千種署に任意同行した。

6 同日の午後零時二五分ころ、原告を千種署の透視鏡付取調室に同行した上、宮本警部補が、被告乙山に対し、「甲野を連れてきたので、よーく顔を見て、正直に答えてくれ。人違いで逮捕したら大変なことになるから違うなら違うとはっきり言えよ。」と注意を与え、確認させたところ、被告乙山は透視鏡を覗きながら「甲野に間違いない。顔の輪郭や髪形、体格はこの前会ったときと変わっていない。八回程会っているので間違いない。しかし、今日は黒縁の眼鏡をかけているが、自分と会うときは金縁眼鏡だった。」等と供述した。その後、原告に対し、金縁眼鏡について確認したところ、原告は、「仕事の時は今かけている黒縁眼鏡をかけているが、家にいるときは金縁眼鏡を使用している。」旨の供述をした。

7 更に、被告乙山は、宮本警部補に対し、「今、ふっと思い出したけど、昨年の一二月一二日か一三日ごろ、甲野が初めて自分の家に来たとき、シャブを打ち終わった後、左手の小指か薬指付近を右手で揉みながらすごく痛そうにしていたので、その付近に怪我をしていたと思う。」と供述したので、千種署防犯課巡査部長鈴木邦明が、原告に対し、右怪我の有無について尋ねたところ、原告は、昨年の一二月一〇日ごろ左手小指の付け根付近を仕事中に骨折した旨述べたので、同所を調べたところ、若干の腫れが確認された。

8 宮本警部補らは、その後更に二回にわたり、被告乙山に透視鏡越しに原告を確認させたところ、原告の甲野に間違いないと断言したので、逮捕状を執行することにし、かくして、同月二八日午後一時二〇分、愛知県警察本部防犯部保安課巡査部長八木和夫は、原告に対し、逮捕状を示し、逮捕状記載の被疑事実の要旨を読み聞かせた上、原告を逮捕した。

右認定の事実によれば、原告が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったものというべきであり、そうすると本件逮捕は適法になされたことが明白である。また、逮捕しようとする場合には、被疑者を犯人と認めたことが、その時点の具体的状況の下で罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合には後記のとおり結果的に誤認であっても逮捕警察官に過失があったということはできないと解することが相当であるところ、右事実によれば、本件逮捕の場合、原告について本件覚せい剤取締法違反の罪を疑うに足りる相当な理由があったものというべきであるから逮捕警察官に過失があったものということはできない。

したがって、右争点1についての原告の主張は失当として排斥を免れない。

二  争点2について

《証拠略》によれば、本件逮捕の翌日、千種署所属の警部補猪又貞寿(以下「猪又警部補」という。)が聞き込み捜査のため、丙川鉄工へ臨んだ際、猪又警部補は、原告に前科のあることを知らなかった同社の従業員戊田花子から「甲野(原告)さんは、覚せい剤の前科があるんですか。」と尋ねられたので、「ある。」と答えたことが認められる。

ところで、前科は他人に知られたくない事実であり、人の名誉・信用にかかわるものであるから、前科ある者もみだりにこれを公開されないという法律上の保護に値する利益(プライバシーの権利)を有するものというべきである。

したがって、猪又警部補が右のとおり原告の勤務先の同僚に対し、前科のあることを告げたことは、右の権利を侵害する行為に該当することは明らかである。

被告県は、猪又警部補が右のように答えたのは、捜査について協力を得る必要があったからであり、ことさら原告の名誉を毀損するためではなかったと主張するが、本件全証拠によっても原告に前科があることを教えなければ、捜査について協力を得られない客観的状況があったと認めることはできず、したがって、猪又警部補が右のように即断したことは合理的根拠を欠くものであったというべきであり、仮に、同警部補に主観的に右のような目的があったとしても、本件においては右前科がある旨答えたことを正当化するものではない。

結局、猪又警部補が原告に前科がある旨答えたことは、原告のプライバシーの権利を違法に侵害するものというべきである。

そして、国家賠償法一条一項に規定する「その職務を行うにつき」には、職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされる行為の場合も含むと解すべきところ、猪又警部補が前記の状況下で原告に前科があると答えた行為は、職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされた行為といわざるを得ないから、被告県は、原告に対し、これによる損害賠償責任を負うものといわざるを得ない。

しかしながら、被告乙山については、被告乙山の原告に関する千種署所属警察官に対する前記供述が仮に違法であったとしても、右供述と原告の右プライバシーの権利の侵害との間には、いわゆる相当因果関係はないものというべきであるから、原告の被告乙山に対する本件プライバシーの権利の侵害による損害賠償請求は失当として排斥を免れない。

三  争点3について

1 《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、本件逮捕・勾留により身柄を拘束され、この間、処分保留で釈放されるまでの間、警察・検察庁において厳しい取り調べを受けたが、被告乙山との本件犯罪の共犯関係を強く否定していた上、被告乙山との面識もなく、本件セルシオについても知らないと一貫した態度を取っていた。そして、捜査をしても原告と被告乙山を結び付ける客観的証拠を見付けることはできなかった。

(二) 被告乙山が原告から担保として預かったという本件セルシオは、東京で盗まれた自動車であり、盗難場所から二〇〇ないし三〇〇メートルしか離れていない場所に被告乙山が原告に貸したと供述している被告乙山所有のフェアレディZが平成四年暮ごろから翌五年二月上旬に至るまで放置されていた。

本件セルシオには盗難品のナンバープレートが付けられており、被告乙山方から偽造ナンバープレート様の物三枚やその枠様の物及びスプレーラッカーなどが発見された。

他方、名古屋市桜通り沿いにある有料駐車場でも、右フェアレディZと同番号の偽造ナンバープレートの付いたフェアレディZ及び他車の偽造ナンバープレートの付いたスカイラインが発見されたが、右二台の自動車はいずれも盗難車であった。

被告乙山は、右盗難車二台及び本件セルシオに合う鍵を所持しており、捜査官に対し、これらをすべて原告から預かった旨の不自然な弁解を重ねるほか、被告乙山に対する覚せい剤取締法違反被告事件の名古屋地方裁判所における公判期日において、本件セルシオが盗まれたころと推測される平成四年一二月二四日ころ、東京若しくはその周辺に出掛けていたことを、当初否認していたが、後に、同日、東京経由で埼玉県川口に赴いたことを認めた。

右の事実を総合すると、本件セルシオは、被告が東京において盗んだものである疑いが強くなった。

(三) かくして、千種署は、覚せい剤を本件セルシオと共に原告から担保として預かった旨の前記被告乙山の供述(本件虚偽供述)の信憑性に疑問を持ち、検察官も嫌疑不十分と判断して、平成五年二月一八日に原告を釈放するに至った。

以上説示したところを総合すれば、被告乙山の主張は到底採用することができず、被告乙山の捜査官に対する前記供述が虚偽であることが明らかであり、これを真実とする被告乙山本人の尋問の結果部分は到底信用することができない。

そして、被告乙山の右供述は、自己の罪責を軽減するため原告に自己の責任を転嫁するためにしたものと推測せざるを得ない。

また、前記事実によれば、本件逮捕・勾留は、被告乙山の本件虚偽供述に基づいてなされたことが明らかであり、このことは被告乙山において予見可能であったことは推測するに難くない。

2 被告乙山は、被疑者が警察に協力したにもかかわらず、警察の不手際で不起訴になったら訴えられるようでは、誰れも警察に協力しなくなると主張するが、被疑者は、捜査機関に対し、供述を拒否する権利を有するけれども、供述をする以上は真実を供述すべきものであって、その場合はたとい、これにより第三者に損害を与えたとしてもその第三者に対し不法行為責任を負担することはないが、仮に、自己の刑責を軽からしめる為、他人を巻き添えにするような虚偽の供述をし、これによって第三者に損害を与えたと認められるときは、第三者に対する関係で不法行為を構成し、当該第三者が被った損害を賠償すべきことは多言を要しないであろう。

したがって、前記のとおり、本件逮捕・勾留は、本件虚偽供述によることが明白であるから、被告乙山は、本件逮捕・勾留により原告が被った精神的・物的損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

四  争点4について

1 原告が本件プライバシーの権利の侵害行為により被った精神的苦痛に対する慰藉料は、前記一切の事情を勘案すれば、金一〇万円をもって相当と認める。

また、原告が本件代理人に本訴の追行を委任し、報酬の支払を約束したことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易・審理経過・右認容額等に鑑み、本件プライバシーの権利の侵害行為と相当因果関係を有するものとして被告県に請求し得べき弁護士費用の額は、金一万円とするのが相当である。

したがって、原告の被告県に対する本訴請求は、右合計金一一万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

2 また、原告が本件逮捕・勾留により二二日間就業できなかったことは前記のとおりであり、《証拠略》によれば、これにより原告は金二八万円の休業損害を被ったことが認められる。さらに、本件虚偽供述による本件逮捕・勾留により原告が被った精神的苦痛に対する慰藉料は、前記一切の事情を勘案すれば少なくとも金一〇〇万円を下らないものと認められる。

さらに、前記のとおり原告が本件代理人に本訴の追行を委任し、報酬の支払を約束したことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、前記同様の理由により、本件虚偽供述と相当因果関係を有するものとして被告乙山に請求し得べき弁護士費用の額は、金一三万円とするのが相当である。

したがって、原告の被告乙山に対する本訴請求は、右合計金一四一万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

(裁判官 永吉盛雄)

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